ご支援いただいたみなさま、僕の気持ちを書きました。

 

身体が重い。息が切れる。

標高3000メートル以上の山を走る辛さは富士山でも経験していたから想像していた。

しかし、それとは違う。重さ10キロを少し超えるバッグを抱えながらこの標高を走るというのはあまりにもきつい。それが初日の感想だった。
とはいえ、トップ50位以内に入れた。「よし、まずはいい感じ。でも、身体重いし朝が寒すぎる。でも、走り切るぞ」そんなことを考えながら、僕は走り続けた。

しかし、サハラ砂漠マラソンとは明らかに違う。サハラ砂漠の場合はコースのバリエーションは砂漠の山々か岩の道、少しばかりの上り坂ぐらいしかなかった。アタカマは違う。

フローズンブロッコリーと呼ばれる(凍ったブロッコリー、というわけのわからない名前ですね笑)硬く尖ったような土の道が延々と続き、岩の道や上り坂、サハラと同じような砂漠の山々や川を何度も何度も渡る。

そして、前提条件として標高が高い。そして、塩の道。少しどろっとした泥のような塩の道を走り、今度は瓦礫のような岩が転がる道を延々と登る。2日目と3日目はそんな感じでスタートしていた。
それでもなんとか走りきった。

しかし、3日目に事件が起こった。
足の皮が破れ、岩に足をぶつけてしまったため親指など足がひどい内出血を起こしていた。医療チームのテントに行き、治療を受けた。そのときに怪我している足にものが落ちてきた。「痛い!」と叫んだ。左足の皮が破れたところに大きな医療箱があたり、左足の小指あたりが血だらけになり、ぐしゃぐしゃになっていた。
それでも、痛みを耐えて走った。だが、結果的に足の痛みを軽減させながら走っていたせいか、4日目になぜか筋をおかしくしてしまい、最後の最後に走れなくなった。それでもゴールした。

しかし、5日目。筋をおかしくしてしまった足は動かなくなり、砂漠の真ん中で立ち止まってしまった。もう走れなくなった。僕は最後尾になった。ビリになったのだと気がついた。そして、リタイアを決断した。

つらい決断だった。悔しかった。完走したかった。たくさんの支援いただいた方の顔が頭をかけめぐった。

しかし、あとから落ち着いて考えると、よい決断だったかもしれないと思うようになった。ここで退くことも必要かもしれないと思った。200キロほど走ってのリタイア。

悔しすぎたので、また次に挑戦したいと思う。

日本に帰国して、医療機関にかかった。今はリハビリ中。少しずつ走って体の調子を取り戻してきている。

ご支援いただいたみなさま、応援のメッセージをいただいたみなさまに、本当に心から感謝したい。

 

完走はできなかったが、クラウドファンディングでいただいたご支援はD×Pで高校生にプログラムを届けることにつながっている。

そして、最後にお願いしたいのは新しい僕たちの挑戦。
今度は僕のチャレンジではない。でも、 クラウドファンディングで事務所を広げる。そこにはもっと高校生や卒業生たちが集まる場を作る。D×Pみんなのチャレンジだ。そこに力をお貸しいただきたい。帰ってきたばかりだが、皆様にそれを伝えたかった。
これからも発展途上の僕やスタッフ、そしてD×Pに力を貸してください。

応援ありがとうございました!

2018年10月26日 今井紀明

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